横浜地方裁判所 平成元年(ワ)1542号 判決 1991年1月21日
原告
株式会社セントラルファイナンス
右代表者代表取締役
廣澤金久
右訴訟代理人弁護士
飯塚信夫
同
清水修
被告
市村すい
右訴訟代理人弁護士
柴田憲一
主文
一 被告は原告に対し、金五四万二〇〇円及びこれに対する昭和五九年一一月七日から完済まで年二割九分二厘の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金七六万九七二八円及びこれに対する昭和五九年一一月七日から完済まで年二割九分二厘の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、OBSカードと称するカードの発行会社である原告が、同カード名義人に対し、同名義カードを利用して購入された商品代金の立替金を請求している事案である。
一OBSカード
原告は、オッペン化粧品株式会社(以下「オッペン」という)とともに、OBSカード会員規約に基づき、同カード会員(以下「会員」という)に対しOBSカードと称するカード(以下「カード」という)を発行し、会員が加盟店からカードを利用して購入した商品の代金債務につき、これを立替払いすることを業務とする会社である(原告とオッペンがカードを発行していることは争いがない。)。
OBSカード会員規約によると、原告と会員との間に次の債権債務関係が規定されている。
1 会員は、カードを利用して加盟店からの商品の購入及びオッペンの商品の購入等をすることができ、原告は会員のカード利用による代金債務を加盟店ないしオッペンの取次店に立替払いする。
2 会員は、代金支払について分割払いの場合は、カード利用の際に支払回数を指定し、所定の手数料(三回払1.8パーセント、六回払3.6パーセント)を加算した金額を、分割支払単位を一〇〇円とし一〇〇円未満の端数を初回に加算した分割払で支払う。
3 カードはカードの署名欄に署名した会員以外は使用できず、他人に譲渡、貸与することはできない。
4 カードの紛失、盗難、その他の事由によりカードを他人に使用せられた場合の損害はすべて会員が負担する。
5 遅延損害金は年二割九分二厘とする。
<証拠>
二本件カードの発行及び使用
被告及びオッペンは、昭和五九年三月ころ被告名義のカード(以下「本件カード」という)を発行し、被告はこれを受領した(争いがない。)。
本件カードは紛失され、その後何者かが無断で本件カードを使用して加盟店から別紙明細表記載のとおり商品を購入し、原告は右各代金を各加盟店に立替払いした(<証拠>)。
三争点
1 本件カードの利用に関する契約(以下「本件カード利用契約」という)が、原告と被告との間に成立したか否かが争点となる。
(一) 原告は、右の点につき、次のように主張する。
原告は、被告から本件カードの会員になることの申し込みがあったので、原告はこれを承諾し、原、被告間にOBSカード会員規約に基づく本件カード利用契約が締結された。
(二) 被告は、右の点につき、次のように反論する。
オッペンは自社の化粧品の販売に関して会員を募っている会社であり、会員の申し込み先はオッペンであるところ、オッペン横浜支店藤棚営業所の所長であった大口チヨ(以下「大口」という)は、昭和五九年三月八日ころ、大杉悦子(以下「大杉」という)に対し、オッペンの化粧品を販売するにともない会員となることを勧誘し、大杉が被告の氏名を使用して入会手続をとることを勧め、大杉をして右のとおりの入会手続をとらせた。本件カード申込書には被告の氏名が申し込み者として記載されていたが、支払銀行口座は大杉名義の大杉の口座であり、申し込み者の名下に押印された印影は大杉の右口座に使用されていた大杉名義の印鑑であった。
被告は、被告の氏名が本件カード利用契約の申し込みに使用されることは承諾していたが、右手続には関与しておらず、右申し込みの意思表示はしていない。
したがって、右申し込み先であるオッペンは大杉が被告の名義で本件カード会員になることを承知していたものであるから、本件カード利用契約の申し込み者は被告ではなく大杉である。
2 被告の本件カード利用契約の申し込みの意思表示につき、心裡留保ないし虚偽表示が成立するか否かが争点となる。
被告は、仮に、被告が本件カード利用契約の申し込みの意思表示をしたとしても、前記1(二)記載のとおり、被告の右意思表示は心裡留保ないし虚偽表示により無効であり、この場合、原告はオッペンの提携会社であるから、善意の第三者たりえないと主張する。
3 別紙明細表記載の立替金(以下「本件立替金」という)につき、消滅時効が成立するか否かが争点となる。
被告は、次のとおり消滅時効の主張する。
(一) 本件立替金請求権は商事債権として五年の消滅時効にかかる。
OBSカード会員規約によると、会員において本規約に違反し、その違反が本規約の重大な違反になるときは、会員はカード利用に関する期限の利益を失うと定められているところ、原告は昭和五九年四月二八日被告に対し、右規約に基づき本件立替金債務を同年五月一九日までに支払うよう催告した。
したがって、被告は少なくとも右弁済日には本件債務の期限の利益を喪失し、同日の翌日である昭和五九年五月二〇日から本訴提起の平成元年六月二一日までに消滅時効期間五年が経過した。
(二) 仮に(一)の主張が認められないとしても、本件立替金債務のうち、昭和五九年六月六日支払分金二二万九五二八円は本訴提起までに消滅時効期間五年が経過した。
第三争点に対する判断
一争点1(本件カード契約の成否)、同2(心裡留保、虚偽表示)について
1 証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 大杉は、被告の間借り人であったが、オッペンの化粧品訪問販売員である大口から右化粧品を購入していたところ、昭和五九年三月ころ大口から、右化粧品の購入につき、カード会員になることを勧誘された。ところが、大杉は横浜市に住民票がないため大口を介してカードの申し込みを行い得ないことが判明した。そこで、大杉は被告に対し、大杉が責任をとるので被告には迷惑はかけない旨述べて、被告名義のカードを作り、大杉にそのカードを使用させてもらいたい旨依頼し、大口も同様に依頼したところ、被告は右申し出を承諾した。
(二) 本件カード利用契約の申込書は、昭和五九年三月七日ころ、被告方で、被告、大口、大杉の立ち合いのもと作成され、被告に関する記載事項(氏名、住所、勤務先、電話番号、住居所有の有無、居住年数等)は、被告の述べるとおりに大口が代筆して作成された。また、支払銀行口座は大杉のその名義の口座とされた。
(三) 右申込書は、原告に対し大口を介して同年三月八日ころ送付された。そこで、原告の担当者は被告に対し、同年三月一三日ころ電話で、本件カード利用契約につき申し込みの意思確認を行ったところ、被告はこれに対し右申し込みをした旨返答した。また、原告の担当者は大杉に対し、銀行口座提供者としてその承諾の有無を確認したところ、大杉はこれを承諾する旨答えた。そのため、原告は本件カード利用契約の右申込を承諾することにし、原告から被告に対し同年四月初めころ本件カードが郵送され、被告はこれを受領した。
(四) 被告は本件カードを受領すると直ちにこれを大杉に渡したが、大杉は同年四月三日ころ本件カードを紛失し、前記のとおり何者かが無断でこれを使用して加盟店から商品を購入した。
(五) なお、右申込書には当初申し込み者被告の名下に大杉の右銀行届出印が押印され、後に、右印影にばつ印が記載され、その横に被告名義の三文判(被告所有の印鑑ではない)が捺印され、申込書の控えは大杉が所持していた。
2 右認定事実によれば、被告は原告に対し、本件カード利用契約締結の申し込みをなし、原告は右申し込みを承諾し、もって、原、被告間に本件カード利用契約が締結されたことが認められる。なお、右1(五)の事実は右認定を覆すものではない。
ところで、被告は右申し込みの意思表示が心裡留保ないし虚偽表示である旨主張するので検討する。
右認定事実によれば、被告と大杉との関係は、被告が大杉に対し契約当事者として自己の名前を貸すことを承諾していたことになるものの、被告は、相手方たる原告に対する関係においては、あくまで自己が取引の主体として法律上の権利義務を取得する地位につく意思を表示しているものであって、ただ、その実質上の経済的効果は大杉に帰属させる意思を有していたにすぎないというべきである。したがって、原告において経済上の利害の主体の存在を知っていたと否とにかかわらず、被告の右申し込みの意思表示は真意になされたものというべきであり、本件カード利用契約は、何らの障害なく成立するものと解すべきである。
したがって、被告の心裡留保ないし虚偽表示の主張はいずれも失当である。
二争点3(消滅時効)について
1 証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件立替金請求権は商事債権となり、五年間で消滅時効にかかる。
(二) OBSカード会員規約によると、会員が本規約に違反しその違反が本規約の重大な違反になるときは、カード利用に関する期限の利益を失い、原告に対するカード未払債務全額を直ちに支払うものとする旨規定されていた。そして、本件カード利用契約の申し込みが被告の使用目的ではなく大杉の使用目的のためになされ、かつ、被告が右目的のため大杉に対し本件カードを交付していたことは、右規約に規定する重大な違反に該当する。
原告は、昭和五九年四月二八日当時、被告に右重大な規約違反があることを認識するに至っていたところ、同日、被告に対し、内容証明郵便で、右規約に違反したことを理由に、同日現在原告が確認しえた本件カード利用による被告に対する債権金三六九万八二四〇円につき、昭和五九年五月一九日までにこれを支払うよう催告した。
(三) 本件カードの利用による加盟店からの商品の購入は、昭和五九年四月二日から同月一三日までの間に行われ、右内容証明郵便による催告当時、これにより被告が負担する立替金及び手数料の総額(本件立替金も含む)は金五五〇万円を超えていたが、右請求金額が右総額のうちのどれを請求したものかは明らかとならない。
(四) 本訴は平成元年六月二一日提起された。
2 ところで、右期限の利益喪失条項は、債権者である原告が、重大な規約違反があったことを認識したうえで債務者に対し残債務全額の弁済を求める意思表示をしたときに、期限の利益が喪失されるものと解すべきである。けだし、債務者が期限の利益を失うべきこととされた事実が発生したからといって、債権者が全額一時払いを請求するか従来どおり割賦弁済を請求するか否かは、そもそも債権者の自由であり、また、そう解しないと、特約の利益を主張せず当初の約定どおりの割賦払いを受けようとする債権者が、その知らぬ間に当初の約定弁済期に達しないうちに時効によりその債権が消滅することになり、不合理な結果となるからである。
そうすると、右内容証明郵便の請求が全体の立替金のうちどれに該当するかが明らかでないことは前記のとおりであって、右内容証明郵便で本件立替金が被告に対し請求された事実は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠がないことになる。
したがって、本件立替金がすべて消滅時効により消滅した旨の被告の主張は理由がない。
3 割賦金債務は、約定弁済期の到来ごとに順次消滅時効が進行するものと解されるところ、前記認定の事実によれば、本件立替金債務のうち、昭和五九年六月六日支払分金二二万九五二八円は、本訴提起までに時効期間五年が経過しているのであるから、消滅時効により消滅しているものというべきである。
三結論
以上によれば、被告は原告に対し、本件立替金残金五四万二〇〇円及びこれに対する最終支払日の翌日である昭和五九年一一月七日から完済まで年二割九分二厘の割合による約定遅延損害金の支払義務がある。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官宇田川基)
別紙<省略>